タワシノート

言いたいことがうまく口で言えないから書くことにした

2018という年

今年一年は「なんでこんなことに」という一言でまとめれると思います。

何が一番「なんでこんなことに」と言えば、TOKIOのあの一件です。
あの事件に関してもう何も言わなくてもいいでしょう。

四月の終わりあたりでしたよね、確か。

あの辺りからほんといろいろ狂ったなと思います。

TOKIOの出演してる番組(太一くん単独も含めて)を一切観なくなった、曲も聴かなくなりました。
観なく・聴かなくなったというよりは、観れなく・聴けなくなったという感じです。

思いの外ショックで。
事件そのものも、あの会見やファンクラブから届いたメールも。
ずーっと「なんでなん?」と意味のない問いかけを繰り返してしまって、今に至ります。

4人でも頑張って欲しいというのはもちろんあります。まだ太一くんもいるのに。でも、4人なんですよね。推しじゃなかったけど、いないとつらいんですよね。
5人だったからこそだったんだと。
前向きな脱退とかならまだしも、あの事件があっての脱退ってほんとやるせないんです。

一番つらいのは最推しとしてた妹だっただろうと思います。
小学生の頃から、私よりも早くTOKIOが好きで、あの人を推しとしてた妹が。
LINEであの事件一発目の連絡くれたのも妹で、2人で「嘘だ、でっち上げ記事だ」と言い合って、でも本当で。わたしよりもつらかっただろうにと思います。

ファンクラブ一応継続しています。
言えないけど、とても運命的な会員番号を手放したくないのと、もう希望の薄い音楽活動への一縷の望みをかけて。
でも、会報も開けてないし、一応誕生日おめでとうムービーは観たんですが、どのグループよりも短く味気なくて、これに関しては4人だからとかではないのかもしれないけれど、なんだか誕生日なのに「あー……」って脱力し、そっと画面を閉じました。

そんな中、妹とともに応援している関西ジャニーズJr.(以下関ジュ)の梅田芸術劇場で行われたライブに行きました。
そのライブのラスト付近で、TOKIOの楽曲が披露されました。
しかも、シングル曲ではなくアルバム曲の『JUMBO』。
『JUMBO』と言えば、TOKIOのライブでは鉄板と言っても過言ではないほど、ライブではよく披露されてる曲でした。(と言っても、わたしはライブに行けずじまいのまま、あの事件だったためDVDでしか見た事はないです)

バンドを組んでる子たち(正門くん・小島くん・佐野くん・小柴くん)がいるのでその子達から提案したのか、今回ステージをプロデュースしてくれた関ジャニ∞のお二人のどちらかが提案したのかわかりませんが、驚きました。

正直、TOKIOの楽曲をJr.が披露する確率はかなり低く(やはりバンド曲で踊りづらい・振り付けがないためでしょうか)、少年隊や光GENJIよりも披露率は低いです。
披露しても、有名なシングル曲(『花唄』『AMBITIOUS JAPAN!』あたり)しかしないので、まさか『JUMBO』が来るとはという感じでした。

先ほども書いた通り、関ジュには楽器が弾ける子たち4人でバンド体制を取れます。
ギター・ベース・キーボード・ドラムと基本的なバンドに必要な楽器を弾ける子たちがいるので、ちゃんと後ろで演奏していました。

改めて「あぁ、TOKIOの楽曲好きだなぁ。いいなぁ」と、そして、「TOKIOの楽曲は死んでない」と思いました。

終わってから妹と「まさか『JUMBO』やるとはな」と言うと、「でもやっぱり本家のTOKIOで見たかったな」と返ってきました。

やっぱり本家聴きたいよな。
本家聴いてないんだもんな。

あぁ、いつか音楽活動してくれないだろうか。
この梅芸で関ジュがやってくれて少し持ち直した気持ちがまだあるうちに。

ネットの海に漂って

老若男女、様々な人がネット上にアカウントを所持する時代。 
ハンドルネーム使ってやってる人もいれば、本名でやってる人もいる。 
「ネットでは本名を出すな」と言われ続けた世代としてはほんと今本名で、なおかつ顔だしてやってる人はすげえな……と思います。わたしは出来ませんわ。 

で、そんなわたしがやってるブログも3年ですか。
いろいろあったけど、思いのほか長く続いたものですね。 

そういえば、わたしのアカウントを持った、スタートっていつだったんだ? 
と、ふと思ったんです。 

懐古するの大好き人間なので、振り返っていきます。ただの、孫に思い出話をするおばあちゃんだと思ってください。 

*****

我が家にパソコンという代物がやって来たのが小学校六年生の時。 
この頃はもう個人サイトというものが流行りだしていた頃でした。 
わたしの友達も、兄・姉に作りかたを教わり、パソコンサイトを持ってる子がいました。 オタクの友達しかいないので、みんなイラストや小説を載せてました。

 携帯電話を持ったのは、わたしは中学1〜2年あたり。携帯電話にカメラ機能が初めてついた携帯を買ってもらいました。
ムービーは撮れないし、写真加工機能も確かなかったし、今よりもちろん画質・画素も低かったでしたが、当時は画期的な機能でした。 
携帯電話が普及すると、フォレスト・ロリポップ!などのレンタルサーバーも携帯用サービスを開始し、一気に個人サイト持つ友達が増えました。 
オタク以外の、普通の子達や派手めなギャル達も個人サイトこぞって作っては、「〇〇高校 〇年〇組出席番号〇番の〇〇で〜す」と個人情報思い切り開示して、プリクラ載せたり、日記書いたり(たいがい一言)しはじめてたな……。 

そんな個人サイトブームがこのあとわたしが大学生になるまで続きますが、わたしは作ったことがありません。 
友達に作りかたを簡単に教えてもらったんですが、えっと……HTMLが暗号のように感じて……その……恥ずかしながら覚えきれず、作れませんでした。ほんとは夢小説サイト作りたかったんですけどね……。ダメだったな……。 

 そんなHTML挫折組のわたしに光が射したのは、2000年初頭、新たなネットサービス・ブログの登場と、それを利用するアイドル「しょこたん」こと中川翔子さんの登場でした。

 しょこたんのブログで驚いたことは、
 一日何十回何百回更新が当たり前。(一ヶ月に更新が1000回越えしてる月もある) 
一言と写真で終わる記事もある。
 オタ語と顔文字を多用した文章の勢い。

 今だとツイッターやインスタで「一言(もしくは無言)+写真」もよくあるわけですが、ブログ=日記みたいな感覚があり、「夜に今日あったことをまとめる」……アニメ『ハム太郎』のロコちゃんが一番最後のシーンみたいなものです。明日もいい日になるよね、ハム太郎
そういうイメージがあったから、一日に何回もリアルタイムで物事をテンションにまかせて書き、撮影して発信するスタイルには驚きました。 
そもそもアイドルが「オタクです!」と公言することもまだ稀だった時代に思いますし、というか、しょこたんさんが大々的にオタクアイドルの先駆けなのでは?と今でも思う。
  
しょこたんがアニメや漫画の紹介してくれたり、コスプレした画像や描いたイラストを公開したり。 すごく身近なオタクのお友達みたいな、親近感がすごかったなぁ……。

 そういう影響をモロに受けた世代のオタクの一人がわたしで、わたしもそんな感じのブログを持っていました。 
しょこたんのように観たアニメの感想、漫画の感想、描いたイラストや買ったグッズを載せ、一日に細かく何度も更新。
 今のツイッターと大して変わらないけど、なんかブログは個人サイトよりも簡単にカスタマイズできたし、自分の部屋感があった。 個人サイトのように、好きなアニメのサイトのバナー貼ったり、web拍手も付けてたな。 意外となんでもできるのがブログだった。 

コメント欄を通じて繋がることを目的にしてる人もいたけど、わたしは今と同じで、コメント欄は閉じ、自分の書きたいことをそのまま載せておりました。 
コメント欄を閉じてたのは、交流したいわけではなく、「学校に友達がいないわけではなかったけれど、完全に好きな作品や人物が合致するわけではなかったから、その個人的な思いの吐き出す場所」だったからですね。 今もですが。 

反対に、交流を求めて始めたのはmixiでした。
 mixiとは、今はどうか知りませんが、利用するには年齢の入力が必須(公開非公開は選べる)のSNSサイト。 
あの当時は高校生は利用不可だったため、と言ってもみんな年齢ごまかしてやっとったけど……わたしは大学に入学するタイミングで利用してました。 

ブログ機能はもちろん、いろんなコミュニティ(ネット上のサークル的なやつ。大概ボタン押すだけで入れる。年齢制限や承認制のやつもあった)の掲示板があったなぁ。 
そこで友達募集したり、グッズやチケット交換とかもされてました。

 mixiの緊張するところは、友達になるには承認制のところでしたね。
「はじめまして、〇〇と申します。〇〇(コミュニティ)より来ました。プロフィールを拝見し、ぜひ友達になりたいと思い、この度友達申請させていただきました。よろしくお願いいたします」
みたいな挨拶文必須だったんですよ。 
今もツイッター上でそれを求める人いますが、「それの名残なんか?」という気もします。 単純に知らん人からのフォロー怖い、話すきっかけが欲しいとか色々他の理由もあるかもですが。 
ツイッターmixiよりフォローとリムーブのしやすさがとても良い点だと感じてはじめた部分があるので、大体の場合は挨拶なくてもええと思うけど……そこも人それぞれってとこです。

ちなみにフェイスブックも一瞬だけやりました。
本名入れないとあかんし、そもそもリア充の巣窟、いいね押さないと迫害されるかもしれないという強迫観念、過去の因縁・恨み・つらみ(根暗・隠キャと言われ嘲笑われ続けた人生ですので察してください)、が個人的に我慢できずに、「二度とやるか!」と一言発してやめました。

 なんやかんやあって、ツイッターとともにこうしてブログを再び作り、今に至ります。 長いことネットにアカウント持ってやって来たんやなぁと思います。
まさかあのmixiより、ツイッターやインスタが強くなるとは思ってなかったから、また将来的にいろんなSNS出てくるんかな……。
その時、わたしはその波に乗れるのかな?

わかってくれなんて言うかよ

久しぶりのブログ更新がこんな内容になってしまうことを大変悲しく、悔しく思います。
まだ戸惑っておりますが、わたしの気持ちをつらつら書かせていただきます。


このブログを最初から読んでいただけたらわかります通り、わたしのジャニーズにハマったきっかけはTOKIOでした。


わたしがどん底だった時、TOKIOの『LOVE YOU ONLY』を観て、聴いて、楽しそうに演奏する彼らに勇気付けられ、ファンになりました。

それから、FC入って、レギュラー番組観て、新曲が出たなら情報解禁ともに全形態予約して、フラゲして、聴いて、未だ見ぬアルバム発売とライブツアーで生演奏聴くのを楽しみに生きていました。


ジャニーズWESTや関西ジャニーズジュニアを並行して応援し始めてからも、ずっとそのスタンスは変わらず、ずっとずっとTOKIOの音楽活動をたくさん見れる日が来ることを待っていました。


この事件を知ったのは、妹からの連絡でした。

その日たまたま妹とLINEで話をしてた途中、この事件の最初の速報が出たネットニュースのスクショ画像が送られてきました。

「は?」

その一言しか出ませんでした。

また嘘記事やろ? そう信じました。


しかし、自分が調べても調べてもそれは事実で、しっかりとした内容も知ることになりました。

なかなか事務所側からの説明文が出ず、出たら出たでクソみたいな書き方のものしかでなくて。

「明日、太一くんが朝から番組あるのになんで事務所はそんな説明しかできないのか。太一くんや、城島さん、松岡さん、長瀬くん、そしてその日生放送番組出演予定の後輩たちはどうなるの」

と思っていました。


次の日の「ビビット」、太一くんが冒頭で謝罪したそうですね。

ごめんなさい、わたしは太一くんが大好きですが、一ミリも見ることが出来ませんでした。
最近昼頃まで寝ているのですが、その日だけは番組の始まる8時には目覚めていました。
だけど、体を起こすことは出来ませんでした。
ツイッターで何が起きたのか、嫌でも知ることになりました。

公開処刑のようだったと。

「あなたの好きな人が公開処刑されますよ」って言われたらあなたはどうしますか?
見に行きますか? 自宅で泣きますか? あなたも死にますか?

わたしは真ん中の行動になりました。


それから、時間が経つにつれ、この事件をネタにしたツイートもたくさん見かけました。

「ネタにして遊んでいる人を1人ずつ殴っていきたい」とつぶやいているファンの方もお見かけしました。

わたしは殴る気力もないんです。
「あ、そう」って感じです。

実際、TOKIOのファンじゃない主人は「こんなネタツイあったよ」と言ってきます。
彼は彼なりに落ち込んでるわたしを喜ばせようとして悪気がないのもわかっています。
しかし全然愉快な気分になんてなりません。
わたしは元気のあるように「そうだね、おもしろいね」って嘘の返答と笑顔を向けております。


一緒にショックを受けてくれ、この気持ちわかってくれとは思いません。
「ショックを受けている」というのは、当事者しかわかりません。
「こいつ、ずっとくよくよしてる」ってあざ笑われたり、めんどくさがられたり、忌み嫌われたりするだけです。


わたしは残された四人のことを心配しております。
ちなみに、決して犯してはいけないことしてしまった彼を擁護するつもりはないです。
ちゃんと誠心誠意償ってくれ。今はただそれだけです。

太一くんは帯番組やレギュラー番組が多く、城島さんは名義は違えどソロデビューが控えていて、松岡さんはドラマの二期がはじまり、長瀬くんは主演映画が待っているそんな状況だった。
その上、四人からのメッセージの全文で、ずっとファンのみんなが待っていた、2012年の『17』ぶりの新アルバムの作成、それに伴うツアーの準備をしていたことが発覚しました。

あの一文読んだ時の絶望感は言葉にできません。

ほとんどの他のジャニーズグループのファンの方にはわからないことです。
最低でも一年に一回アルバムが発売され、定期的にライブが行われているのが「当たり前」なんですもの。
近年はジュニアよりTOKIOはコンサートしてないからね。

「バラエティ番組たくさんあるから音楽活動なくても顔見れるしいいじゃん」って言う人がいます。
「そういうことじゃねぇんだわ」と返します。
わたしは「音楽をやっている」TOKIOが一番好きなのです。
今回の件でそれを強く感じました。

音楽をやっている時のTOKIOが大好きだった人たちはあの文読んでさらにショック受けたと思います。
わたしより長く、深く追いかけてた方々ならなおさらだと思います。

先ほども書きましたが、四人はこれからどうなるのだろう。

FC一時停止とか、WEB削除等最悪の方向になってほしくありません。
しかし、彼らが話あってそういう結果になってしまったら、我々ファンは何も言えません。
それを受け入れざるを得ない。
無力です。
ひたすらに無力です。

いい方向でも、悪い方向でも見守っていきます。

ただ、あの日の、救われた日のようなすがすがしい気持ちで曲は当分聴けそうにないです。
曲には何にも罪はないのに。
たくさん、たくさん良い曲があるのに。
つらい。