タワシノート

言いたいことがうまく口で言えないから書くことにした

「マイドヨルの妄想族」をやってみた(中編)

 

tawashi63.hatenablog.jp

 

前記事からの続きです。

 

まさかの中編です。

3つ目のお題を書いてたらまさかの長編になったためです。

お題写真は前回に引き続きマイPちゃんのブログからどうぞ。

 

☆3.ゴミ捨て場に捨てられた看板人形

1.

神戸のポートアイランド。Umieという大型ショッピングセンターを抜けるとポートタワーがそびえたち、そのすぐ横は海が広がる。

停泊している観光船をバックに、

「俺と結婚してください」

濵山 崇(ハマヤマ タカ)は五年付き合った彼女に一世一代のプロポーズをした。

緊張しすぎて忘れていた指輪も慌ててポケットから出して、箱を突きだす。

彼女は泣いて喜んで受け入れてくれる。

そう崇は心の中で確信していた。

そして、このまま後ろの観光船に乗り、優雅なクルージングに出る。そう言う流れだった。

すると、

「ごめん、あんたとは結婚とか無理」

彼女は巻き髪を指でくるくる触りながら、めんどくさそうに言い放った。

思わず手から指輪の入った箱が滑り落ちる。

「なんでや! 俺らあんなに愛し合ってたやん!」

予想外の展開に崇の声は裏返る。

それに対し、彼女の方は眉間に皺をよせ、崇を睨んでいる。

「いや、だってあんたは二番目の彼氏やから」

「は!?」

「本命の彼、別にいるんだよねー。その本命と来月結婚するからあんたとは近いうちに分かれなきゃって思ってたし」

「えっ……」

「じゃあね」

女性は呆然と立ち尽くす崇を置いて立ち去った。

一人残された崇は、放心状態のまま家路に着く。

「確かに何度も『同棲しよ』言うても『両親に挨拶に行きたい』言うても、毎回仕事だからとか、家庭の事情があってとか理由つけられて断られてたからな……。そこで気付くべきやったんや……アホやでほんま」

その道中、ゴミ捨て場があった。

「ここに指輪捨てていこ」

もう渡す人のいない指輪が入った箱を捨てると、何かと目があった。

横を見ると、薬局の入り口でよくみかけるオレンジのゾウの置物がこちらを見ていた。

通常のゾウの置物だったら可愛かっただろう。

だが、ここにいるゾウはボロボロだった。

頭の真ん中を無残にも割られ、その上、逆さにされて首の部分に突っ込まれている。

ゾウのシンボルでもある鼻は折れたためかガムテープで補強されている。

「お前も捨てられたんか……」

崇は脱力した笑みを浮かべ、ゾウを両手で持ち上げた。思っていたほど重くない。

「家に帰って直してあげるわ」

崇はゾウとともに家に戻ると、雑巾でゾウを拭くことからはじめた。

頭をもとの位置に戻し、

「このままやと可哀想やな……どうしよ。……あ!」

何か思い出した崇はクローゼットの奥から紙袋を取りだした。

その中に入っていたのは茶髪ボブヘアのカツラだった。

「昔、宴会で女装したときに着けたやつ、置いといてよかったわ」

大きな耳がちゃんと出るように、カツラかぶせる。

「お前、似合うやん!」

ケタケタと笑いながら、「次はこれや」と鼻のとこに床に落ちていた白色のレースのリボンを巻く。

あの彼女の誕生日の時に買ったケーキの箱に巻かれていたリボンである。ごみ箱に入れるのを忘れていたのだ。

「ガムテープまるだしよりはええやろ。あとは首元にネクタイつけて……これでよしっと」

最近あまりつけていなかった紫地のストライプ柄のネクタイを結び、生まれ変わったゾウを崇は眺める。

「お前がおったら当分の間は寂しないわ。あそこに捨てられてくれててありがとうな」

そう言うとゾウを抱きしめて、ようやく押し寄せてきた悲しさと悔しさに泣いた。

 

彼女がいなくなっても、毎日は続く。

崇はフラれた翌日も仕事に向かう。

最寄駅のホームに立ち、鞄の中からウォークマンを取りだそうと手を突っ込む。

「あれ? あれ?」

手を動かせど、ウォークマンの感触はない。

「あ!……ウォークマン充電したまま忘れてきた」

満員電車の中でスマホを見るスペースなどなく、手持無沙汰で電車に揺られていると、女性の声で小さく「やめてください」と言っているのが聞こえた。

崇は斜め後ろを見る。いたって普通のサラリーマンに見えるスーツを着た男性が、女性のスカートの上から撫でるように尻を触っている。その周りの人は皆イヤフォンをつけていてそのSOSが聞こえていないようだ。

体勢を無理矢理変えて、男の手首を掴む。

「お前、なにしてんねや」

「き、君こそなんだね!」

「この子のおしり触ってるの、俺見たで!」

「うううう嘘をつくなよ! 冤罪だ冤罪ぃ!」

男がわめき崇の胸ぐらを掴む。車両内は何事かとざわめきはじめ、誰も見ていなかったということもあり、一気に崇の立場が危うくなる。

その時、

「この人です! この人に間違いないです!」

女性が泣きながら叫ぶ。

「なに!? 嘘つくのは……」

「嘘じゃありません! この人、ここ数日、毎朝私のおしり触って来てたんです!」

ちょうど次の駅に電車が到着する。

「とりあえず降りろ!」

崇は男を引きずり出す。

女性は大慌てで近くに立っていた駅員に通報。

男はようやく罪を認め、警察へ連行されることとなった。

「ありがとうございます!」

「いえ。では、俺はこれで」

「ちょっと! あの! どこへ行かれるんですか?」

「会社です。このままやと遅れてしまいますんで」

「えっ! とりあえず連絡先だけでも……!」

「ごめんなさい! 急ぎますので、この電車乗ります!」

崇は電車に飛び乗り、会社へと向かった。

 

「……と、まあそんなことがあってん」

崇は帰宅後、ご飯を食べながらゾウ相手に今日の一件を話す。

「俺もさ、アホやったと思う。あの子、きっと怖かったやろうに、声かけたる余裕もなくてテンパっていつも通り会社行ってもうた。ひどいことしてもうたよな……」

ゾウは何も答えず、落ち込む崇の方をみて微笑んでいる。

 

その数週間後、いつも通り電車に乗り、最寄り駅で降りる。

すると、

「見つけました!」

その声に振り返ると一人の女性が立っていた。

「あ! あの時の!」

「そうです! あの時はホンマにありがとうございました。どうしてもお礼したくて」

「こちらこそあの時はすいません」

「えっ?」

「その、俺もどうしたらいいのかわからんなって、来た電車飛び乗って会社行ってもうたから……。あなたのこと、最後まで守るいうか……そばにいたらなアカンかったのにホンマに気がまわらんくて申し訳なかったです!」

崇は膝を地面に着け、そのままその場で土下座をする。

「そんな気にせんとってください! 会社は遅れたらあきませんから、しゃーないです。とりあえず頭上げてください! 恥ずかしいので!」

その後、二人は喫茶店へ行き、お茶をした。

ここでようやく女性の名前が上江洲 虹子(ウエス ニジコ)だということを知る。

二人ともちょっとお茶をするだけのつもりが、同い年、出身が隣町同士、二人とも恋人がいないということがわかると思いの外盛り上がり、連絡先を交換し、頻繁にご飯に行くようになった。

 

「なぁ、ゾウ~見てみて!」

崇は嬉しそうにゾウにスマホ画面を見せつける。

「この子が虹子ちゃん! 連絡帳に登録するときになぁ、顔写真あったほうがわかりやすいから言うてな、写真撮らせてもらったんや~! どうや? 可愛ええやろ?」

そう言いながらゾウに抱きつく。

「お前もそう思うか~! 俺と好み似てるなぁ~!」

崇の満面の笑みを見ているゾウもどこか嬉しそうだ。

 

五回目のデートの時、

「なぁ」

「なに?」

「よかったら、俺と付き合えへん?」

「……うん」

崇は虹子を駅に送り届けるために歩いている道中に告白し、晴れて彼氏彼女という関係に発展した。

 

付き合ってからとんとん拍子に話は進み、すぐに同棲を始めた。

虹子は引っ越ししてきた日、初めて崇の部屋を訪れた。

一番最初に目に入ったもの、それはもちろんゾウだった。

「崇くん、このゾウさんはなに?」

「こいつは……ようわからへん。気にいって拾ってん」

「そうなんや。なんかおめかしして可愛いね」

虹子は中腰になって、ゾウの頭を撫でる。

「そうやろ! 俺がシュミレーションしてん……? ん? なんか変やな? プロモーション?」

「それ言うならデコレーションとちゃうか?」

「そう、それ!」

「あはは! 崇さん、おもろいなぁ」

二人は笑いあう。崇は思う。

(こんな些細なことで笑える、この人と出会えてよかった)

と。

 

同棲を始めて数日経ったある日の朝。

「きゃああ……!」

虹子の叫び声に飛び起きた崇は慌ててリビングに駆けつける。部屋がめちゃくちゃに荒らされているではないか。

びっくりして床にへたり込んでいる虹子の肩を抱く。

崇くん、泥棒に入られたんかな……」

「それしか考えられへんよな。とりあえず、通帳と印鑑、財布確認しよか」

二人はこれ以上部屋を荒らさぬよう、探す。

「財布もあったし、通帳と印鑑はちゃんと棚の中あったわ」

「俺も財布も大丈夫や」

「私たちも怪我ないし、なんも盗られへんかったしよかった……」

安心する虹子と反対に、崇が何かに気づき、一心不乱に部屋中を触りだす

「崇さん、どうしたの? あんまり触ったら警察の人来た時に……」

「あいつおらへん」

「あいつ……?」

虹子は数秒考えて、この風景に足りないものを思い出す。

「ほんまや……!ゾウおらへん! まさか、あのゾウさん、価値あるゾウさんやったとか……?」

「いや、俺がゴミ捨て場から持ってきたようなボロボロのゾウやで?」

崇はふと頭によぎった映像は、あのゾウが突然動き出し、泥棒と戦う姿だった。

「俺たちのこと守ってくれたんや」

そう、崇が呟くと、虹子も深く頷く。

「ゾウさんのおかげで私たちは助かったんかもしれへんね」

「ありがとうゾウ」

「ありがとうゾウさん」

ゾウが立っていた場所に二人は深くお辞儀をした。

 

2.

「くっそ……」

とあるアパートの四畳半の、家具らしい家具はなく、ふとんと枕、ちゃぶ台だけがあるだけの殺風景な一室。電気もつけず、カーテンをきっちりと閉め切った薄暗い部屋の中、桐野 昭文(キリノ アキフミ)は頭を抱えた。

「こんなもん持って帰ってどうすんねん、俺……」

彼の目の前に立っていたのはゾウの置物だった。

先日パチンコで負けたせいで生活費がなくなった昭文は、その夜、生まれて初めて盗みに挑むことにした。

偶然目についた窓を開けたままのアパートの一室に侵入し、金目のものを探していた時だ。

何かの拍子にバランスを崩し、傾いてきたこの像をキャッチしたと同時に、後ろのテーブルに腰を当ててしまい、音を立ててしまったのだ。

その音が思いの外大きく、

(このままやと、住人が起きてきよるかもしれん)

と慌てた昭文は金品を探すのをやめ、ゾウを元通りに立てようとするが、自分の方へすぐに倒れてくる。イライラした昭文はそのままゾウを抱えて、持って帰ってきてしまった。

「こんな派手なもん、捨てて持ち主に見つかったら足がつく……仕方ない置いとくしか……」

昭文はため息をついて、外を出た。

次に盗みに入る家を探すためだ。

「金もないし、でも腹は減るし。最悪や」

と道を歩いていると、騒がしい声に立ち止まる。

防音幕が張られ、中ではガタイのいい男たちが家を建てているようだ。

「そこの兄ちゃん」

昭文は周りを見渡す。

「君や! 君! そこのガタイのええ兄ちゃんのことや!」

どうやら自分のことらしい。

「悪いけど、目の前の袋ちょっと持って、こっち来てくれへんか? あ、一応危ないからその辺に置いてるヘルメットつけてから、な!」

昭文は言われたとおり、ヘルメットをつけ、無言で袋を持ち上げると男の足元に運んだ。

「ありがとうな」

「……では」

と立ち去ろうとした時、

「それにしても兄ちゃんすごいやんけ。軽々持って。最近入った新人でもフラフラやったんやで」

「……そんなでもないです」

めんどくさいなぁと思いながら返答したと同時に、お腹が大音量で鳴る。

どっとその場に笑いが起きる。

「君、もしよかったらご飯食べて帰らへんか? 今から昼飯食うんや」

「いや、そんな。お金もないんで」

「ハッハッハッ! 金なんて取らんわ」

「でも……」

「さっき親方である俺の手伝いしてくれたお礼や」

「そう言うことやったら……」

「よっしゃ決まりや! おい! お前ら昼飯にするぞ!」

親方の一言で男たちは一斉に作業する手を止め、ぞろぞろと集まる。その中の一人が昭文の肩に手を置いて、

「君ラッキーやな。女将さんの料理うまいから期待しとき」

と言って親指を立てた。

「はぁ……」

 

従業員に囲まれ、連れてこられたのはすぐ横のテントだった。

「作業中は女将さんが現場まで温かいご飯作って持ってきてくれはんねん。で、テントの下で昼飯食うてるんや」

そこに長机が三本ほど縦に並んでいて、その上には大皿がずらっと並ぶ。肉と野菜の炒めもの、里芋の煮っ転がしに、卵焼きやウインナーなどのおかずが今にも零れそうなほどに盛られている。

パイプ椅子に座ると、同時に白ご飯が入ったおひつを持って女将さんがやってくる。

「旦那から事情は聞いたで。あんたお腹空いてるんやろ、遠慮せんと食べたらええからね」

「あ、はぁ……ありがとうございます」

そう言うと、女将さんはもともと底の深いお椀にご飯をよそう。何回かに一回しゃもじでぽんぽん叩いて押し込み、容量を確保し作業を進め、最終的にお椀の淵を大幅に超えた量盛った。

こんなに食べきれるやろかという心配よりも、久しぶりの湯気立つ温かい食事に勝手に手は動いていた。

その勢いに、みな目を丸くし、笑った。

「そんなにお腹空いとったんか!」

「うかうかしとったら、俺らの分無くなってまいそうや」

「食べよ食べよ」

他の従業員の人も食べはじめる。

(こんなにたくさんの人とご飯食べるの、生まれて初めてかもしれん)

幼いころに父を病気で亡くし、母も中学三年の頃に過労で亡くなり、二人の結婚は駆け落ちだったこともあり、両家の親戚と誰一人交流したことなかった昭文は、この景色を新鮮に感じていた。

学校の教室で食べる給食とはまた違う、ちゃぶ台を何台も並べ、大皿が食卓を彩り、その周りをみんなが囲うように座り、ご飯を食べる。

当たり前のようで当たり前ではなかったこの風景に昭文はご飯をかきこみながら泣いていた。

「おいおい、どうした!」

「女将さんの料理まずかったんかな」

「こんなに食うとるのにか?」

従業員がざわめきだす。

「コラあんたら、失礼やね! そんなん言うんやったら食べんでよろしいで」

「あー! 女将さんすまんて! 冗談やて! 女将さんの料理は日本一や!」

「で、なんで泣いとるの?」

「……めっちゃ美味しいからです……」

「いやぁ~この子ええ子やわ」

昭文は顔をぐしゃぐしゃにしながら食べ続けた。

お腹が満たされ始めると、人は心に余裕が出来るのだろうか。

昭文は自然とみなの会話に溶け込み、いつの間にか自分の現状――さすがに盗みのことは伏せて――を話していた。

「なんや、君、ぷー太郎なんか」

「ええ、まあ……そんなとこです」

「ほんなら明日からここで働きぃや。あんた、ええやろ?」

親方を見ながら女将さんが言う。親方も満面の笑みを浮かべて、

「これもなんかの縁や。さっきも重い荷物持っとったしな」

昭文の肩を力強くたたく。

「ありがとうございます。がんばります……」

こうして昭文はこの建設会社で働くこととなった。

 

家に帰り、

「なんか知らんけど、今日のご飯も食えたし、明日からの職が決まった……」

女将さんから「持って帰り!」と言われ、半ば強制的に持って帰らされたおにぎりと、残ったおかずが詰め込まれたタッパーをちゃぶ台に置く。

「世の中にはあんなええ人らもおるんやな」

そんな男の呟きをゾウは大きな耳で男の話を聞いている……ように見える。

これまで昭文の人生の中で対人関係がうまくいったことはなかった。

学校では孤立、どこの仕事先でも同僚とケンカをしてしまい逃げるように辞めていた昭文はどこか今回も諦めがあった。

「どうせ数か月で辞めることになる、辞めさせられてしまうで。数日後には、お前をボコボコにしてるかもな」

昭文は乾いた笑いをしながら、畳に寝転んだ。

 

そんな想像はすぐに覆された。

親方も同僚たちもみな昭文に優しく仕事を教えた。もちろんミスしたら厳しく叱る場面もあった。だが、昭文は腐ることなく、毎日一生懸命に汗水たらして働いた。時間を見つけては作業の幅が広げるため様々な免許も習得していった。

 

仕事を終え、銭湯で汗を洗い流しさっぱりした昭文は、部屋に帰ると大の字になって天井を見つめて、

「楽しい……」

ぼそりと呟く。

「重いもんいっぱい持って体も痛いし、擦り傷なんてアホほどできてるのに楽しいねん。不思議やろ?」

体勢をそのままにゾウに問いかける。ゾウはじっとどこかを見ている。

「お前が来た日から一瞬にして人生が明るくなったように思うわ……」

そう言って目を瞑ると一分も経たないうちに深い眠りについた。

 

昭文が働き始めて二年経った頃だった。

この日も仕事で住宅地にいた。木材を運んでいると、昭文は道路の真ん中で座りこむ幼稚園生くらいの男の子を見つけた。

「坊主! そんなとこで遊んでたらアカンで!」

両手が塞がれていたので叫んで注意するも、少年はカエルに夢中で気づいていない。

その時だ。

一台の大型のトラックがこちらに向かって直進してきた。

運転手は子どもに気づいていないのかスピードを落とすことなく走ってくる。

「あぶない!」

昭文は資材を放り投げ、道路へ駆けだし、男の子を抱えた。

しかし、避けるのが間に合わず、昭文は男の子を抱え、吹き飛ばされた。

「昭文ぃいいー!!」

同僚たちが手を止め、昭文に駆け寄る。

「昭文! 大丈夫か!」

「あ……おやっさん、子どもは……?」

「無事や……! 昭文が抱えて庇ったったから……」

遠くで子どもの泣き叫ぶ声が聴こえる。

(そうか、子どもは無事やったんや……よかった)

昭文はそう口に出したつもりが、出ていなかった。

「昭文も頑張れ! もうすぐ救急車来るからな」

目の前にいるはずの親方の顔がどんどんと薄れ、滲んでゆく。

(これはずっと俺が悪いことばっかやってた罰なんやな)

「昭文! 目ぇ閉じたらアカン! 起きるんや!」

(最後に楽しい思い出、ほんまありがとうございました……)

このあと昭文の瞼が二度と開くことはなかった。

現場には昭文の名前を叫ぶ仲間たちの声だけがずっと響いていた。

 

3.

「この部屋、何してますのん?」

パンチパーマのおばさんが、エプロンをつけて立っている同年代のおばさんに訊く。

「ここの部屋に住んでたお兄さんが亡くなりはってん」

「いやぁ~……! まだ若かったやん……」

「そうなんよ。子どもかばって自分が車に轢かれてしもうたらしくて」

「あらまぁ……」

「身よりもない人やったさかいに、こうして業者呼んで片づけてもらってますねん」

「そうですのん」

この家にはそんなに物はなく、置かれていた家具や本などは早々に外へ出され、清掃に入っていた。

そこを一人の四十代くらいの女性が通りかかる。

「あの、すいません」

「はい、なんでしょう?」

家具をトラックに積んでる作業員に女性は声をかけた。

「そのゾウの置物……」

女性が指さしたのはオレンジのゾウの置物だった。先ほど作業員たちが「なんやこれ」と話題にも上るほどの珍品だった。

「これがどうかしました?」

「それ、いただけませんか?」

「えっ!?」

「どうせこんなん売れませんし、処分するもんなんでいいっすよ」

「わぁ! ありがとうございます」

「持って帰れます? 運びましょうか?」

「かまいません。家、すぐそこなんで」

女性はゾウを引きずりつつ、隣のマンションへ持って帰った。

「純~、ただいまぁ」

部屋の中には純と呼ばれた上下黒いジャージを着た男性がソファに寝転んでテレビを観ていた。

「ママね、さっきええもんもらってきたんよ」

純はなにも答えない。

「これ、見て~!」

母親は笑顔であの像を見せた。

純は、ちらっと見て顔をそむけた。

「かわいいやろ? 今日からこの子も家族の一員やで」

純は手にしていたチャンネルを投げ捨てると自室へと入っていった。

母親はしゅんっと眉を下げる。

純は、現在二十五歳。小学校四年の頃に同級生からいじめを受けた。それがきっかけで家に引きこもり、学校にも行かず、いつのまにか母親はもちろん誰とも話さなくなり、もう何十年も過ごしている。

そんな息子との会話のきっかけになればと、変なもの、例えば顔が描かれているケチャップとマスタード入れだとか、底に猫の鼻とひげ・口が描かれていて、飲むと、ちょうど隠れている鼻と口の部分にその絵がマッチングするマグカップなどを、見つけては買って家に置いている。

しかし、そんな雑貨を見ても、純は言葉も発さなければ表情が動くこともなかった。

 

その晩。

母親は早朝からスーパーのレジ打ちの仕事があるためぐっすり眠っている。

それを見計らうように、純は自室から出て、キッチンへ向かう。

お茶飲んだらすぐに部屋に戻るつもりだった純は、電気もつけずに、リビングへ。

その途中、何かの視線に気づく。ふと横を見ると、二つの目がこちらを見ていた。

「わっ……!」

思わず小さく声が漏れる。口を押え、慌てて電気をつける。

そこにいたのは、昼間母親がもらってきたとはしゃいでいたゾウの置物だった。

「なんやこれか」

睨みつけるようにじっと見る。純が知っている薬局前に立ってるゾウの置物と一風違うことに気づく。

「こいつ、ズラかぶっとるし、鼻にリボンつけて、ネクタイ巻いとるやん」

ゾウを見ながら純は我に返る。

「喋ってる、俺が……」

最近では独り言さえ口に出すことがなくなっていたために、自分自身の声を忘れていた。

「俺の声、こんなんやったんやな。久しぶりに聞いた」

その日はお茶を飲みほすと、自室へ戻った。

 

翌日の深夜。

やかんに入った麦茶をコップに注ぎながら、ゾウを見る。

「お前、どっから来てん……って答えるわけないけど」

コップ片手におそるおそるカツラを外してみる。頭頂部分が割れていた。

「可愛い顔して意外とボロボロやねんな。かわいそうに」

純は見てはいけないものを見たかのような、苦しい感情に襲われた。

「ごめんな」

と謝りながらカツラを元の位置に戻し、優しく前髪を撫でつけた。

 

それから毎晩、夜中になるとこのゾウを見ながらお茶を飲むのが日課となった。

「テレビ最近おもろいのなくてさぁ。ずっと観とったおもろい番組が次々に終わっていきよってん。テレビ局はなんもわかってへんのや」

「ずっとパソコンでいろいろ外の情報を得てるんやけど、どんどん街は進化知っててるよな。ぱんけーきっていうホットケーキの親戚みたいなんが女の子の中で流行ってたり、東京には、すかいつりーとかいう東京タワーより大きいのん建ったんやろ? 俺の知ってるモー娘。のメンバーは誰もおらんなったし。時間の流れは怖いよな」

「いいかげん、なんか仕事したいんやけど、全然ええ仕事なくてさぁ。電話応対自信ないし、出来たら接客もしたないし、力仕事も自信ないしいうて条件絞ったら、なんもあらへんねん。どっか妥協しなアカンのに、ずっと家の中の世界しか知らんからビビってもうて、妥協でけへん。引きこもりすぎたらこんなにも社会に戻りにくくなるもんなんやな……」

「オカンと喋りたくないわけとちゃうんや。ただ、母の手一つで育ててもらってるのに、こんなに迷惑かけてしまって。オカンが一生懸命働きに行ってる間に、俺は寝っ転んで観たテレビの話とかするのも申し訳なくてさ。俺がおらんかったら、オカンはもっと自由に生きてたのかもって思うと本当つらい。しっかりしなアカンのもわかってるんや」

など、時たま涙を浮かべながら一方的に声をかける。

もちろんゾウは答えない。ただ楽しそうな表情を浮かべている。

純にとってはそれが良かった。

「そうか。俺は、反応なんていらん。とりあえず話したかった。ただそれだけやったんや」

心のごみ箱に気持ちを投げ入れていても、ごみ処理場に運ばれることなく溜まっていき、息も出来ないくらいにごみが溢れかえる。

その気持ちの処理場は感情のある人に求め続けては、その人を傷つけるかもしれないと恐れていく。

だからこそ、ゾウのような置物に一方的に話しかけることが純にとっては最適の相手だったのだ。

話すことによって自分の気持ちが整理され、自分のやりたいことが見えてくる。

それに気づいてから日に日に心が楽になっていった。

 

ある日の朝。

「純~! ほんならお母さんスーパー行ってくるからね。ご飯はレンジでチンして食べといてなぁ」

玄関に駆けていく母の背中に純は

「行ってらっしゃい」

と声をかける。

「えっ」

母親は振り返り純を見つめる。

「なに?」

「純、今……」

「行ってらっしゃいって言うたけど?」

純の返答を聞くと、母親はその場で泣き崩れた。

「オカン?!」

「純……!純が……!しゃべってくれた!」

「オカン、パート行かんと! 遅れるで」

「ええねん! 純の声聞けたから……!」

「いやいやアカンて!」

泣きすぎて化粧が落ちた顔の母親を見送り、純はゾウに話しかけた。

「俺が喋ったことによって、オカンがあないに喜ぶとは思わんかったな」

ゾウは今日も黙って純を見ている。

「俺みたいにとりあえず答えてくれんでいい、話したい人だっておるはずや」

 

こうして思い立った純はパソコンを使い、「話を聞くだけ」のサービスをネット上ではじめた。

「この子はあなたのどんな話でも聞きますので、思っていることを声に出して話してみてください」

そう書いて、あのゾウの置物を映した写真だけがホームページに載っている。

ただその画面に向かって、一方的に話してもらう。

話し終えたら画面を閉じるだけ。

無料なので、時間を気にせずただただ話すことができる。

純のページは口コミで広まり、利用者がどんどん増えてきて、気がつけば一つのビジネスとなり、会社として動き出した。

その際にネットだけではなく、実際に会ってマンツーマンで話を聞くというサービスを始めると、「社会復帰の練習になる」と人気を博した。

 

ある日、オフィスに小学生の男の子がお母さんに連れられてやってきた。

彼は小学三年生。一年前にいじめにあい、今は引きこもりだという。

男の子だけがこの建物に残り、お母さんは待っている間買い物へ出かけた。

その男の子は黙って、ずっとゾウの置物を眺めていた。

「ぼく、そんなにこいつ気にいったんか?」

たまたま部屋から出てきて待合室を通りがかった純が声をかけた。

男の子は大きく頷く。

「俺は、こいつのおかげで話せるようになって、幸せなれたんや。君がそんなに気に入ったならこいつをプレゼントするわ」

「いいの?」

男の子は弱弱しいが頑張って絞り出した声で訊いた。

「こいつは困ってる人を助けるゾウさんやと思うから。君に幸せのおすそ分け」

純は笑顔でそう答えた。

 

そしてまた物語は繋がっていく。

 

 

<解説>

三つ候補が浮かび、どれにしようかと悩んで、「それならいっそのこと繋げよう」と三つ繋げたらこうなった。それゆえに長い。すいません。本文だけで総文字数一万字超えた。びびった。

名前でわかると思いますが登場人物は濵ちゃん、照史くん、淳太くんの兄組で妄想。濵ちゃんのスーツ姿や、照史くんの作業着姿はすぐに想像できたけど、淳太くんが毎日ジャージはありえなすぎて想像できないものだなーって思ったww


次こそ後編です。